東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)22号 判決 1976年3月15日
東京都文京区湯島四丁目四番一七号
原告
金益三
右訴訟代理人弁護士
古波倉正偉
同
松山正
同
有賀功
同
安藤寿朗
同
床井茂
東京都台東区北稲荷町六二番地
被告
下谷税務署長
右訴訟代理人弁護士
小川英長
右指定代理人
丸森三郎
同
剣持哲司
同
今村泰男
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和四二年三月一三日原告の昭和三八年分ないし昭和四〇年分所得税についてした各更正を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二原告の請求原因
一 原告は、「三信ゴルフ商会」の商号でゴルフ用品の販売を業とし、他方喫茶店「ボンジュール」の商号で喫茶店営業をしているいわゆる白色申告者であるが、昭和三八年分ないし昭和四〇年分所得税について、原告のした確定申告(昭和四〇年分については確定申告及び修正申告)、これに対する被告の更正及び東京国税局長がした審査裁決の経緯は、別表一記載のとおりである。
二 しかし、被告がした各更正(昭和三八年分及び同四〇年分については、審査裁決により維持された部分。以下「本件各更正」という。)は、次に述べるとおり違法であるから、その取消しを求める。
(一) 本件各更正の手続には、次のとおり違法がある。
1 本件各更正は、原告が会員となっている在日朝鮮人台東商工会の組織破壊を目的として行われたもので不当な政治的弾圧であるから違法である。
2 税務署長が更正を行うためには、更正に先立って適法な調査がされなければならない。しかるに、昭和三八年分及び同三九年分については、直接原告に対する被告の調査は全くなかったから、同年分の更正は調査に基づかない違法がある。
(二) 本件各更正には原告の所得金額を過大に認定した違法がある。
第三請求原因に対する被告の認否及び主張
一 請求原因に対する被告の認否
請求原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。
二 被告の主張
本件各更正は、次に述べるとおり違法である。
(一) 本件各更正の手続に原告主張のような違法はない。
1 原告の主張するような政治的動機から本件各更正を行ったものではない。
2 被告は原告の昭和三八年分及び同三九年分の所得税について調査をしているから、適法な調査による更正であることは明らかである。すなわち、原告は、昭和四〇年分の収支計算書等を提出したが、その作成の基礎となった原始記録等の提出を拒否し続けているため、被告は、昭和三八年分及び同三九年分について原始記録等の提出を求めても原告の協力は得られないと判断し、原告の取引先に対して電話により反面照会をする等して調査したものである。
(二) 本件各更正における所得金額の認定は、次に述べるとおり正当である。
1 被告は、次のような事情から、原告の本件係争各年分の所得金額を推計により算出したものである。
すなわち、被告所部の係官は、昭和四一年六月二七日原告の所得税調査のため三信ゴルフ商会及び喫茶店ボンジュールに臨店し、帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、「売上げについては全く記録していない。帳簿は一切作成していない。伝票・領収書等の証憑類については見せることはできない。」と応答して係官による帳簿書類等の閲覧を拒否し、さらに二・三日中に収支計算書を作成のうえ提出する旨確約すると共に係官の退店を要請したので、調査することができなかった。原告は、同年七月一二日被告に対し昭和四〇年分ゴルフ用品販売及び喫茶店営業に係る収支計算書、仕入表及び経費明細表を提出したが、これらの表の作成の基礎となった原始記録等については提示を拒否し、その後も一貫して提示を拒否し続けた。したがって、右計算書等がはたして正確なものであるか判断できないのみならず、昭和三八、三九年分について原始記録等の提示を求めても原告の協力は得られないと認められた。そこでゴルフ用品販売分についての右仕入表に基づき反面調査をしたところ、仕入金額の記載も不正確であり、また取引先がすでに倒産等の理由により昭和三八、三九年分については実額により仕入金額を把握することは困難であることが判明した。そこで、やむなく推計の方法により所得金額を算出したものである。
2 昭和三八年分の所得金額の算出根拠
昭和三八年分の所得金額は別表二記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。
(1) ゴルフ用品販売分
イ 仕入金額 三四、〇九五、四二一円
原告が収支計算書の付表として被告に提出した昭和四〇年分の仕入表に基づいて、反面調査を行った結果判明した昭和三八年分の仕入金額の一部は別表五記載のとおりである。ところで、右表の仕入先からの昭和四〇年分の仕入金額の合計は五九、五七七、八〇八円であり、右金額と右表の合計額との割合は四六・八パーセントである。そこで、その仕入割合を昭和四〇年分の仕入金額に乗じて昭和三八年分の仕入金額を算出した。
ロ 売上金額 三八、七八四、四六二円
被告の調査に係る下谷税務署管内の昭和三八年分ゴルフ用品卸小売業者調査表(以下「何年分小売業者調査表」という。)の平均差益率一二・〇九パーセントをイの仕入金額に適用して算出した。
ハ 算出所得金額 三、五九一、四四一円
昭和三八年分小売業者調査表の平均所得率九・二六パーセントをロの売上金額に乗じて算出した。
ニ 特別経費 九六三、八八一円
雇人費六二七、一八一円については、昭和三九年分雇人費六九四、二九〇円から同年中の民間企業の平均給与対前比上昇分一〇・七パーセントを減算して算出した。
家賃三三六、七〇〇円については、昭和三八年中は一店舗であったから、原告が収支計算書の付表として提出した昭和四〇年分の経費明細表中家賃八五二、七〇〇円から、本店分家賃五一六、〇〇〇円を控除して算出した。
(2) 喫茶店分
イ 売上金額 六、〇九〇、六八五円
ロ 算出所得金額 二、六六八、三二九円
右算出所得金額は、被告の調査に係る下谷税務署管内の昭和三八年分喫茶店業者調査表(以下「何年分喫茶店業者調査表」という。)に基づいて、売上金額が原告の売上金額のおおよそ二倍以下、二分の一以上の範囲内にある同業者の平均所得率四三・八一パーセントを求め、これをイの売上金額に乗じて算出した。
ハ 特別経費 二、二四四、四七四円
雇人費一、五二四、四七四円については、昭和三九年分の雇人費二、三二〇、四四一円に昭和三九年分の雇人一一名、昭和三八年分の雇人八名の比率を乗じたうえ、昭和三九年中の民間企業の平均給与の対前年比上昇分一〇・七パーセントを減算して算出した。
家賃七二〇、〇〇〇円については、原告が提出した昭和四〇年分収支計算書に記載されていた一、二〇〇、〇〇〇円を基礎とし、二階を自宅に使用していたので、それに相当する四〇パーセントを右金額から控除して算出した。
3 昭和三九年分の所得金額の算出根拠
昭和三九年分の所得金額は別表三記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。
(1) ゴルフ用品販売分
イ 仕入金額 三五、四五六、三二六円
ロ 売上金額 四〇、一〇四、四二九円
ハ 算出所得金額 三、八一三、九三一円
昭和三九年分小売業者調査表に基づいて、仕入金額が原告の仕入金額のおおよそ二倍以下、二分の一以上の範囲内にある同業者の平均所得率九・五一パーセントをロの売上金額に乗じて算出した。
ニ 特別経費 一、〇三〇、九九〇円
雇人費六九四、二九〇円については、原告が提出した昭和四〇年分の経費明細書中の雇人費一、八八五、〇〇〇円に同年分の雇人五名、昭和三九年分の雇人二名の比率五分の二を乗じたうえ、昭和四〇年中の民間企業の平均給与の対前年比上昇分八・六パーセントを減算して算出した。
家賃三三六、七〇〇円については、昭和三九年中は一店舗であったから、昭和三八年分と同様の方法で算出した。
(2) 喫茶店分
イ 売上金額 九、一三六、〇二八円
昭和四〇年分のコーヒーの仕入数量は七一一・二五キログラムであり、昭和三九年分のコーヒーの仕入数量は七二二キログラムである。そこでこの仕入割合を昭和四〇年分の売上金額に乗じて算出した。
ロ 算出所得金額 四、三〇五、八〇九円
右算出所得金額は、昭和三九年分喫茶店業者調査表に基づいて、売上金額が原告の売上金額のおおよそ二倍以下、二分の一以上の範囲内にある同業者の平均所得率四七・一三パーセントを求め、これを右イの売上金額に乗じて算出した。
ハ 特別経費 三、五二〇、四四一円
雇人費二、三二〇、四四一円については、原告が提出した昭和四〇年分の収支計算書中の雇人費二、五二〇、〇〇〇円を基礎として、昭和四〇年中の民間企業の平均給与の対前年比上昇分八・六パーセントを減算して算出した。
家賃一、二〇〇、〇〇〇円については、前記収支計算書の記載をそのまま認容した。
4 昭和四〇年分の所得金額の算出根拠
昭和四〇年分の所得金額は別表四記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。
(1) ゴルフ用品販売分
イ 仕入金額 七二、七七五、七一二円
原告が提出した昭和四〇年分の仕入表に基づいて原告の取引先に対して反面調査を行った結果把握した金額である。
ロ 売上金額 八二、二二三、一五二円
右売上金額は、昭和四〇年分小売業者調査表に基づいて、仕入金額が原告の仕入金額のおおよそ二倍以下、二分の一以上の範囲内にある同業者の平均差益率一一・四九パーセントをイの仕入金額に適用して算出した。
ハ 算出所得金額 七、七八六、五三二円
昭和四〇年分小売業者調査表に記載されている前記同業者の平均所得率九・四七パーセントをロの売上金額に乗じて算出した。
ニ 特別経費(雇人費及び家賃)二、七三七、七〇〇円
(2) 喫茶店分
イ 売上金額 九、〇〇〇、〇〇〇円
ロ 算出所得 四、四四三、三〇〇円
右算出所得金額は、昭和四〇年分喫茶店業者調査表に基づいて、売上金額が原告の売上金額のおおよそ二倍以下、二分の一以上の範囲内にある同業者の平均所得率四九・三七パーセントをイの売上金額に乗じて算出した。
ハ 特別経費(雇人費及び家賃)三、七二〇、〇〇〇円
第四被告の主張に対する原告の認否及び反論
一(一) 被告主張の第三の二(二)1の事実のうち、被告所部の係官が昭和四一年六月二七日ボンジュールに臨店したこと、原告が被告に対し昭和四〇年分のゴルフ用品販売及び喫茶店営業に係る収支計算書、仕入表及び経費明細表を提出したことは認めるが、その余は争う。
(二) 同2の事実のうち、三信ゴルフ商会の店舗が一店舗であったことは認めるが、その余は争う。原告の昭和三八年分の所得金額及びその算出根拠は別表六記載のとおりである。
(三) 同3の事実のうち昭和四〇年のゴルフ用品販売分の雇人が五名であったこと及び三信ゴルフ商会の店舗が一店舗であったことは認めるが、その余は争う。原告の昭和三九年分の所得金額及びその算出根拠は別表七記載のとおりである。
(四) 同4の事実のうち、ゴルフ用品販売分の特別経費、喫茶店営業分の売上金額及び特別経費が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。原告の昭和四〇年分の所得金額及びその算出根拠は別表八記載のとおりである。
二(一) 被告の推計課税は推計の要件を欠くものとして違法である。すなわち、被告は、原告の昭和三八年分及び同三九年分の所得税については何らの調査をしておらず、まして帳簿の閲覧や提示を求めたこともないから、原告が被告係官の調査を拒否することはありえない。また同四〇年分についても原告に帳簿の閲覧や提示を求めたこともなく、原告においてこれを拒否したこともない。したがって、原告は調査を拒否したことはなく、被告が十分な調査を遂げたならば、実額課税が可能であったことは明らかである。
(二) 被告は、本件各更正における所得金額の認定の正当性を主張するために、本件各更正後に調査した結果を新たな資料として追加、主張しているが、抗告訴訟の審判の対象は当該処分の適否であるから、本件訴訟における違法判断の基準時は原処分である本件各更正時であり、処分後に判明した事由を新たに資料として主張することは許されない。
(三) 被告の推計は次の点において合理性に欠ける。
1 昭和三八年分のゴルフ用品販売分の仕入金額について、被告は十分な調査を行わず、同年分の仕入金額の構成割合を昭和四〇年の構成割合によって仕入金額を推計しているが、昭和三八年は仕入の大部分がゴルフクラブで専ら東京ゴルフ輸入協同組合からだけで他からはなかったから、仕入の構成割合を異にする。したがって、右の推計の方法は合理性がない。
2 被告は、本件係争各年分について平均差益率、平均所得率を用いてゴルフ用品販売分の算出所得金額を算出しているけれども、その推計方法は次の理由により合理的とはいえない。すなわち、
イ 被告が平均差益率、平均所得率を求めるために抽出した同業者が合理的、客観的にその対象たりうる者であるかどうか不明である。同業者の抽出基準が不明確であるほか、その者の名称、規模、申告書の内容、計算方法等平均差益率等算出の基礎となるべき資料が明らかにされていないから、その数値の正確性はなんら担保されていない。
ロ 対象となった同業者の従業員数、店舗規模、立地条件等営業における諸要素について近似性がなければならないのに、これらの要素は全く無視されている。
ハ 単に算術平均により平均値を算出しているが、これによった合理的根拠が示されていない。
3 被告の本件推計には原告の特殊性を無視して漫然と平均差益率、平均所得率を適用した違法がある。すなわち、原告はは朝鮮人であるため、金融面においては日本人の二、三倍の定期積金や担保がなければ融資が受けられず、仕入面においても日本人より仕入原価は高くつき、また昭和三九年頃まではゴルフの国産品は仕入不可能であった。また販売面においても客に対するサービス品の出血も日本人より大きい。したがって、日本人の同業者よりはるかに差益率が低いのに、被告の本件推計は原告の右特殊事情を全く顧慮していない。
第五原告の反論に対する被告の再反論
一 被告は仮定的に次のとおり主張する。すなわち、原告が別表六、七において主張する昭和三八、三九年分のゴルフ用品販売分及び喫茶店営業分の売上金額を基礎として、被告が採用した同業者の平均所得率により所得金額を推計すると、別表九記載のとおり昭和三八年分は三、六五〇、三五五円昭和三九年分は三、五〇一、九二二円となるから、いずれにせよ、本件各更正に係る所得金額を上廻ることとなる。
第六証拠関係
一 原告
(一) 提出した甲号証
甲第一ないし第三号証の各一ないし四、第四ないし第七号証、第八、第九号証の各一、二、第一〇号証及び第一一号証
(二) 援用した証言等
証人金源潤、同金太圭、同中川和夫(第一回)及び同軍司一雄の各証言並びに原告本人尋問の結果
(三) 乙号証の認否
乙第一、第二号証の各一ないし三、第二二号証及び第二三号証の一、二の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立は知らない。
二 被告
(一) 提出した乙号証
乙第一、第二号証の各一ないし三、第三号証、第四、第五号証の各一ないし三、第六、第七号証の各一、二、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証、第一三、第一四号証の各一ないし三、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証ないし第二二号証、第二三号証の一、二及び第二四号証
(二) 援用した証言
証人中川和夫(第一、二回)、同藤森強、同橋本久、同北村五郎、同日野照夫及び同鈴木正美の各証言
(三) 甲号証の認否
第四号証及び第八、第九号証の各一、二の成立は知らない。その余の甲号各証の成立(第一〇号証については原本の存在及び成立)は認める。
理由
一 原告の請求原因第二の一の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで本件各更正が原告の主張のように違法であるか否かについて判断する。
(一) 手続の違法性について
1 原告は、本件各更正は原告が会員となっている在日朝鮮人台東商工会の組織破壊を目的として行われたもので、不当な政治的弾圧であるから違法であると主張する。
原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証、証人金源潤の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分があるが、右各供述部分は漠然として推測に基づくもので信憑性に乏しく、その他本件全証拠を検討してみても、被告及び所部の職員において台東商工会の組織破壊を目的として本件各更正をしたとの事実は、これを認めることができず、本件各更正をするに至った事情は、後記2に認定のとおりである。したがって、原告の右主張は理由がない。
2 原告は、昭和三八、三九年分の更正について被告の調査は全くなかったから、右更正は調査に基づかない違法があると主張する。
成立に争いのない乙第一、第二号証の各一ないし三、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第八、第九号証の各一、二、証人中川和夫の証言(第一回)を合わせると、被告が原告の本件係争各年分の所得金額の調査及び本件各更正をするに至った事情は、次のとおりであることが認められる。
原告の本件係争各年分の事業所得については、確定申告書に所得金額の記載がされているのみで、収入金額、必要経費その他の明細の記載がなかったことや他の業者との比較などから過少申告の疑があったため、被告において調査対象者に選定されたこと、被告係官中川和夫は昭和四一年六月二七日三信ゴルフ商会及びボンジュールに調査のため臨店し(右ボンジュールに臨店した事実は当事者間に争いがない。)、特に調査年分を特定することなく帳簿、原始記録等の提示を求めたが、原告はゴルフ用品販売分についても喫茶店営業分についても帳簿は作成していないと答え、右書類を提示しなかったこと、中川係官の求めに応じて原告は同年七月一〇日昭和四〇年分のゴルフ用品販売及び喫茶店営業に係る収支計算書、仕入表及び経費明細表を被告に提出した(右提出の事実は当事者間に争いがない。)が、これらの書類作成の基礎となった原始記録等については再三の要求にもかかわらず、ついに提示がなかったこと、したがって、原始記録の提示がない以上中川係官はあえて昭和三八、三九年分の収支計算書類の提出を求めなかったこと、被告としては、帳簿、原始記録の提示がないため原告に対する調査を行っても実額による所得金額の算出を期待することは不可能と判断し、原告より提出された収支計算書等を手掛りに本件係争各年分につき仕入先の反面調査を実施し、右収支計算書等及び調査の結果を基礎とし、原告の本件係争各年分の所得を推計し、本件各更正を行ったこと。以上の事実を認めることができる。証人金源潤の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲中川証人の証言と対比して採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。。
右認定の事実によれば、原告が帳簿や原始記録の提示を一切しないため被告において昭和三八、三九年分についても反面調査を実施し、右調査に基づき、同年分の更正をしたことが明らかである。したがって、原告の主張するような違法な点はないから、原告の右主張は理由がない。
(二) 所得金額認定の違法性について
原告の本件係争各年分の所得金額の認定の適否について検討する。
1 推計の要件について
被告は本件係争年分の所得金額を推計により算定したのであるが、前認定の本件各更正がされるに至った事情、とりわけ、帳簿、原始記録等を一切提示しなかった原告の態度に鑑みると、被告が実額計算により原告の本件係争各年分の事業所得を認定することは到底不可能であり、推計方法により算定したことは当然といわなければならない。
2 次に推計の合理性について検討するに先立ち、原告は本件各更正に調査した結果を新たな資料として追加主張し、所得金額の認定の正当性を主張することは許されないとするので、この点につき判断する。
一般に課税処分取消訴訟における審判の対象は、当該処分の違法性一般であるが、課税処分において認定された課税標準の多寡についての違法性の有無は、右処分において認定された課税標準が右処分時における客観的な課税標準を超えているか否かによってのみ決せられると解すべきであるから、課税標準の計算の根拠となる事実についての主張立証は単なる攻撃防禦方法に過ぎず、口頭弁論終結に至るまで原則として随時提出することができる、というべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。
3 推計の合理性-平均差益率、平均所得率算定の合理性について
原告のように事業を営む者の算出所得金額を実績によって把握することができない場合においては、同業者の平均差益率、平均所得率を用いてその算出所得金額を推計することは、特段の事情のない限り合理的であると解すべきところ、証人鈴木正美の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証及び第四、第五号証の各一ないし三並びに右証言を合わせると、次の事実を認めることができる。
東京国税局長は被告に対し下谷税務署管内でゴルフ用品卸小売業又は喫茶店業を営んでいる個人事業者のうち、本件係争各年分の事業所得に対する課税事績がある者全員の売上金額、売上原価、差益金額、差益率標準経費、算出所得及び所得率等につき報告するよう求めたこと、被告は右の者がほとんど白色申告者であるため収支の実績が明らかでかつ調査のうえ申告を是認した者のみ採用し東京国税局長に対し報告したが、その結果は乙第四、第五号証の各一ないし三記載のとおりであること、ゴルフ用品卸小売業者は原告と同様国電御徒町駅周辺、上野四丁目から六丁目あたりに店舗を有する者であること。
が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によると、平均差益率、平均所得率算出の対象となった同業者は、原告と同様下谷税務署管内に店舗を有する同業者であり、特にゴルフ用品卸小売業者については原告と立地条件が類似していることが明らかであり、同業者の抽出基準も合理的で抽出について被告の恣意の介在は認められず、差益率、所得率の数値も一応の正確性と普遍性が担保されているというべきである。そして、後記認定の原告の仕入金額ないし売上金額(昭和三八、四〇年分のゴルフ用品販売分については仕入金額、その他は売上金額)を基準とすれば、別表一〇「同業者欄」掲記の同業者が原告の仕入金額ないし売上金額に類似する取引高(おおむね二分の一から二倍程度)を有する者と認められ、右の同業者の平均差益率、平均所得率は別表一〇記載のとおりとなるから、これを基礎に原告の所得を推計することは合理的と解するのが相当である。
これに対し原告は、同業者の抽出基準が不明確であるほか、その者の名称、規模等平均差益率等算出の基礎となるべき資料が明らかにされていないから、数値の正確性が担保されていないと主張するけれども、その理由のないこと右に認定したとおりである。
また原告は、同業者の営業における諸要素の近似性が無視されている旨主張するけれども、右同業者がおおむね原告と同規模の業者であり、特にゴルフ用品販売については立地条件も類似していること前認定のとおりである。のみならず、同業者の平均値による推計である以上は、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は平均値の中に捨象されるものというべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。
次に原告は、単に算術平均により平均値を算出した合理的根拠が示されていない旨主張する。しかしながら、平均値の算出については算術平均による方法が最も単純明快で、かつ、容易、迅速に算出することができるため、偏差が大きいなど他の方法によることを合理的とする特別の理由のないかぎり、一般的に用いられている方法であり、前掲乙第四、第五号証の各一ないし三によれば、本体において別表一〇に掲げる同業者の各差益率、所得率はいずれも偏差が小さく極端な数値を含んでいないから、算術平均による方法を不合理とする理由はない。よって原告の右主張も理由がない。
次に原告は、自己が朝鮮人であるため営業上諸々の不利益を受けており、平均差益率等を適用するには、当然これらの特殊性を顧慮すべきであると主張する。
成立に争いのない甲第七号証、証人金太圭の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分もあるが、これらの証拠はいずれも漠然としていて具体性に欠けるから採用し難い。のみならず、前掲乙第一号証の二、証人中川和夫の証言(第一回)及び原告本人尋問の結果によれば、原告のゴルフ用品の大半は原告も組合員となっている東京ゴルフ輸入協同組合から仕入れていることが認められるから、この点については他の同業者に比べ特に不利益を受けているとは考えられないし、販売面において顧客に対し諸々のサービスをすることは、国電御徒町駅周辺の同業者一般に行われているところであり、ゴルフ用品販売及び喫茶店営業を通じ他に原告主張事実を認めるに足る証拠はないから、右主張は理由がない。
4 昭和三八年分の所得金額
(1) ゴルフ用品販売分
イ 仕入金額
被告は昭和三八年分の仕入金額が判明した仕入先(八名)につき、この仕入先からの昭和三八年分と昭和四〇年分の仕入金額の比を求め、これを昭和四〇年分の仕入金額全体に乗じて昭和三八年分の仕入金額を算出しているので、右の推計の方法が合理的であるかどうかについて判断する。
前掲乙第一号証の二、証人藤森強の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証の一、二、証人橋本久の証言により真正に成立したと認められる第八号証、第一〇号証、第一二号証、証人北村五郎の証言により真正に成立したと認められる第九号証の一、第一一号証の一、三、第一三、第一四号証の各一、三、第一六号証の二、第一七号証ないし第一九号証、第二一号証、証人日野照夫の証言により真正に成立したと認められる第二〇号証、右各証言及び証人中川和夫の証言(第一回)並びに原告本人尋問の結果を合わせると、次の事実を認めることができる。
被告は原告が提出した昭和四〇年分の仕入表(乙第一号証の二)に基づいて反面調査をしたところ、別表一一記載の仕入先については原告の仕入金額が誤っていることが判明し、正当な仕入金額は同表「被告調査額」欄記載のとおりであり、昭和四〇年分の仕入金額は七二、七七五、七一二円となること、昭和三八年分の仕入金額が判明した別表五の仕入先(八名)につきその仕入金額は二七、九一五、七七五円、右八名に係る昭和四〇年分の仕入金額は五九、五七七、八〇八円であって、その比は四六・八六パーセントであること、大口取引先である東京ゴルフ輸入協同組合からの仕入金額の昭和三八年分の昭和四〇年分に対する比率は五一・〇六パーセントであるが、他に七名の仕入先からの同比率にはかなりのばらつきがあり、一〇パーセント以下のものが四名あるほか、逆に一四〇パーセント以上を占めるものもあること、昭和四〇年に取引のある辻本栄伸とは昭和三八年に取引がなく、その他の仕入先と昭和三八年に取引があったかどうかも必ずしも明確でないこと、三信ゴルフ商会は昭和三八年、三九年には一坪程度の店舗(以下「支店」という。)で営業していたが、昭和四〇年には別に八坪程度の店舗(以下「本店」という。)を併設して業務を拡張したこと(昭和三八年、三九年に一店舗であったことは、争いがない。)。
右の事実によれば、昭和四〇年と昭和三八年では仕入先の構成に変化がなかったとはいえないし、また仕入先の判明した八名以外の仕入先からの昭和三八年分の昭和四〇年分に対する仕入金額の比が右八名と同じであるとはにわかに断定することができないから、仕入先の判明した分だけの比率により昭和四〇年分の仕入金額から昭和三八年分の仕入金額を推定することは合理的でないといわざるを得ない。しかしながら、原告の自認する限度では争いがないから、仕入金額は三二、〇一〇、〇〇〇円と認定する。
ロ 売上金額・算出所得金額
右の仕入金額に前認定の平均差益率一二・〇九パーセントを適用して売上金額三六、四一二、二四〇円を算出し、これに前認定の平均所得率九・二七パーセントを乗ずると算出所得金額は三、三七五、四一五円となる。
原告は売上金額を三四、八〇〇、〇〇〇円と主張するけれども、売上金額が右認定を下廻るものと認めるべき資料は全くない。
ハ 特別経費
昭和四〇年の雇人が五名であったことは当事者間に争いがなく、前認定のとおり昭和三八、三九年は支店で営業していたこと、原告本人尋問の結果によれば昭和三八、三九年の雇人は一名であったこと、前掲乙第一号証の三によれば、昭和四〇年の雇人費は一、八八五、〇〇〇円であったこと、成立に争いのない乙第二三号証の一、二によれば民間企業の一年を通じて勤務した者の平均給与の上昇は対前年比昭和四〇年には八・六パーセント、昭和三九年には一〇・七パーセントであったことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで昭和四〇年分の雇人費に雇人比率五分の一を乗じ、かつ、平均給与の上昇分を減算すると昭和三八年分の雇人費は三一三、五九一円となる。
家賃については前掲乙第一号証の三により認められる家賃のうち本店を除いた額と認められるところ、その金額は三三六、七〇〇円となるから、結局特別経費の合計は六五〇、二九一円となる。
なお、原告は経費の総額を二、三八〇、〇〇〇円と主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
ニ 所得金額
算出所得金額から特別経費を控除すると、所得金額は二、七二五、一二四円となる。
(2) 喫茶店分
イ 算出所得金額
売上金額につき被告は六、〇九〇、六八五円、原告は八、三〇〇、〇〇〇円と主張するから被告主張の限度で当事者間に争いがなく、右金額に前認定の平均所得率四三・四五パーセントを乗ずると、その算出所得金額は二、六四六、四〇三円となる。
ロ 特別経費
前掲乙第二号証の一、三、成立に争いのない乙第二二号証及び原告本人尋問の結果によると、ボンジュールの店舗は昭和三八年は約一二坪であったが、その後拡張し、昭和三九年以降は約二四坪であったこと、昭和三八年の雇人は八名、昭和四〇年の雇人は一一名、同年の雇人費及び家賃は、それぞれ二、五二〇、〇〇〇円、一、二〇〇、〇〇〇円であることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで雇人費については昭和四〇年の雇人費を基礎に雇人比率一一分の八を乗じて算出した金額から、前示民間企業の平均給与の昭和三九、四〇年の上昇分を減算するとその金額は一、五二四、四七五円となる。また家賃については昭和四〇年分の二分の一と認めるのが相当であるから六〇〇、〇〇〇円となり、結局特別経費の合計は二、一二四、四七五円となる。
なお原告は、仕入金額を二、七〇〇、〇〇〇円、経費の総額を五、三七〇、〇〇〇円と主張するけれども、右主張を裏付ける資料は全くない。
ハ 所得金額
算出所得金額から特別経費を控除すると、所得金額は五二一、九二八円となる。
5 昭和三九年分の所得金額
(1) ゴルフ用品販売分
イ 算出所得金額
売上金額につき被告は四〇、一〇四、四二九円、原告は四三、五〇〇、〇〇〇円と主張するから、被告主張の限度で当事者間に争いがなく、右金額に前認定の平均所得率九・四二パーセントを乗ずると算出所得金額は三、七七七、八三七円となる。
ロ 特別経費
前認定のとおり昭和三九年は支店において営業しており、雇人一名であると認められるので、雇人費は前認定の昭和四〇年の雇人費一、八八五、〇〇〇円に雇人比率五分の一を乗じて算出された金額に、前認定の民間企業の平均給与上昇分八・六パーセントを減算すると三四七、一四五円となり、家賃は昭和三八年と同額の三三六、七〇〇円と認めるのが相当であるから、特別経費は六八三、八四五円となる。
なお、原告は、仕入金額を三九、八〇〇、〇〇〇円、経費の総額を三、二〇〇、〇〇〇円と主張するけれども、右主張を裏付ける資料は全くない。
ハ 所得金額
算出所得金額から特別経費を控除すると、所得金額は三、〇九三、九九二円となる。
(2) 喫茶店分
イ 売上金額
被告は昭和四〇年分の売上金額を基礎とし、これに同年分と昭和三九年分のコーヒーの仕入数量の比率を乗じて同年分の売上金額を算定しているが、喫茶店業の場合主要原材料であるコーヒーの仕入数量の比率によりその売上金額を推計することは特段の事由のない限り合理的というべきである。
昭和四〇年分の売上金額が九、〇〇〇、〇〇〇円であることは、当事者間に争いがなく、証人中川和夫の証言(第二回)により真正に成立したと認められる乙第二四号証及び右証言によれば、コーヒー仕入数量は昭和三九年七二二キログラム昭和四〇年七一一・二五キログラムであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そこで昭和四〇年分の売上金額九、〇〇〇、〇〇〇円に昭和四〇年と昭和三九年のコーヒーの仕入数量の比率を乗ずるとその売上金額は九、一三六、〇二八円となる。
ロ 算出所得金額
右売上金額に前認定の平均所得率四六・四五パーセントを乗ずると算出所得金額は四、二四三、六八五円となる。
ハ 特別経費
前認定の事実によれば、昭和三九年と昭和四〇年では特に営業形態に変更があったとは認められないから、昭和三九年の雇人も昭和四〇年と同様一一名と推認すべきであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そこで昭和四〇年分の雇人費二、五二〇、〇〇〇円から民間企業の平均給与の昭和四〇年の上昇分八・六パーセントを減算して雇人費を算出すると二、三二〇、四四二円となる。家賃は昭和四〇年分一、二〇〇、〇〇〇円と同額と認めるのが相当であるから、特別経費の合計は三、五二〇、四四二円となる。
なお、原告は、売上金額を八、三一〇、〇〇〇円、仕入金額を二、七四〇、〇〇〇円、経費の総額を五、三五〇、〇〇〇円と主張するけれども、右主張を裏付ける資料は全くない。
ニ 所得金額
算出所得金額から特別経費を控除すると、所得金額は七二三、二四三円となる。
6 昭和四〇年分の所得金額
(1) ゴルフ用品販売分
イ 算出所得金額
前示のとおり仕入金額は七二、七五五、七一二円と認められ、右金額に前認定の平均差益率一一・四六パーセントを用いて売上金額を計算すると八二、一七二、七〇四円となり、これに前認定の平均所得率九・五〇パーセントを乗じて算出所得金額を求めると七、八〇六、四〇七円となる。
前掲乙第一号証の一記載の売上金額及び一般経費は、いずれもこれを裏付けるに足る資料はなく採用できない。
ロ 所得金額
特別経費(雇人費及び家賃)が二、七三七、七〇〇円であることは、当事者間に争いがないから、算出所得金額から特別経費を控除すると、所得金額は五、〇六八、七〇七円となる。
(2) 喫茶店分
所得金額
売上金額九、〇〇〇、〇〇〇円、特別経費(雇人費及び家賃)三、七二〇、〇〇〇円については、当事者間に争いがなく、売上金額に前認定の平均所得率四九・三〇パーセントを乗ずると算出所得金額は四、四三七、〇〇〇円となる。そこで右金額から特別経費を控除すると所得金額は七一七、〇〇〇円となる。
前掲乙第二号証の一記載の売上金額及び一般経費は、いずれもこれを裏付けるに足る資料はなく採用できない。
7 以上認定したところによれば、本件係争各年分の所得金額は別表一二記載のとおりとなり、いずれも本件各更正を上廻ること明らかである。
三 したがって本件各更正に原告主張の違法はないといわなければならない。よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する
(裁判長裁判官 三好達 裁判官 時岡泰 裁判官 山崎敏充)
別表一
<省略>
別表二 昭和三八年分
1 ゴルフ用品販売分
<省略>
2 喫茶店分
<省略>
3 合計 三、〇五一、四一五円
別表三 昭和三九年分
1 ゴルフ用品販売分
<省略>
2 喫茶店分
<省略>
3 合計 三、五六八、三〇九円
別表四 昭和四〇年分
1 ゴルフ用品販売分
<省略>
2 喫茶店分
<省略>
3 合計 五、七七二、一三二円
別表五 昭和三八年分
<省略>
別表六 昭和三八年分
<省略>
合計 六四〇、〇〇〇円
別表七 昭和三九年分
<省略>
合計 七二〇、〇〇〇円
別表八 昭和四〇年分
<省略>
合計 一、二四三、二六九円
別表九
(1) 昭和三八年分
<省略>
(2) 昭和三九年分
<省略>
別表一〇
(1) ゴルフ用品販売分
<省略>
(2) 喫茶店分
<省略>
別表一一 昭和四〇年分
<省略>
別表一二
<省略>